あれほど見事に咲き誇っていた桜の花びらが風に舞い、あっという間に季節は移ろいでいきますね。ふと見上げれば、桜の木々には若葉がみずみずしく芽吹き始めています。
目を足元に向ければ、田んぼにも水が張られ、夜になると元気なカエルの合唱が聞こえてくるようになりました。いのちの営みが、そこかしこで感じられる季節の到来ですね。
華やかに心を浮き立たせてくれた桜の時期も、静かに緑が深まっていく若葉の時期も、どちらも私たちにとっては、かけがえのない尊い一日一日なのだと、しみじみと感じます。
雨の日には雨の恵みを思い大地が潤うのを感じ、晴れの日には太陽の温かさに有り難さを感じる。どのようなお天気の日であっても、思い通りになる日も、ままならない日も、今日という日は二度と巡ってはこない、本当に尊い一日なのですね。
私たちが元気いっぱいに過ごせる日も、あるいは、病や老いといった避けることのできない、ままならなさを抱えながら過ごす日もあるでしょう。どのような一日であっても、その一日一日の確かな積み重ねが、他ならぬ「私」の人生を形作っています。どの日も、誰とも代わることのできない尊い一日なのではないでしょうか。そしてそれは、私たちがこの世に生を受けている間だけでなく、いつかこのいのちが尽きて仏さまのお浄土に往くとしても、その尊さは変わらないものです。
日常では、つい、自分と誰かを比べ、損得・優劣や善し悪しといった物差しで判断してしまいがちです。でも、仏さまの大いなる眼差しからご覧になる時、本来そこに優劣・善悪はないと教わります。すべてのものは、一瞬として同じ状態に留まることなく移り変わっていく。まさに「諸行無常」の世界を、私たちはこうして生かされている、と教わります。この大切な教えを、季節の確かな移ろいが私たちに語りかけてくれているように感じました。
年度初めの慌ただしい毎日をお過ごしと思いますが、ひとときでも足を止め、身の回りの自然の移ろいを感じることが出来たらステキですね。