
先日、久しぶりに私が夕食当番を受け持ちました。おしゃれな料理は出来ません。献立は、簡単なカレーライスにしました。わざわざSNSの題材することはないカレーライス。でも、簡単ゆえに、実はその家ごとに工夫された具材や味付け方法があるのではないでしょうか?だから、今回は我流ではなく、母に聞きながらつくってみようと思ったのです。そう、「守破離の守」です。
玉ねぎは本当に飴色になるまで炒めました。20分ほどかかりました。お肉は少々焦げ目がつくほどに炒めて、肉汁を閉じ込めます。ニンジンやジャガイモは、電子レンジを使って下ゆでを済ませます。しかもニンジンをチンする時は、その器に少々水を入れておきます。隠し味にはすりおろしたリンゴをたっぷり、香り付けにはローリエの葉。味付けは市販のルー、辛さを増すためのカレー粉パウダーなど。コクを出すために、ソースも少したらしました。
「カレー粉はどれくらいですか?」と、正確な分量を尋ねる私に母は、「適当!」と言います。心の中で(え~!)と思う私ですが、その「適当!」の味付けでつくってくださった料理を毎日頂いている私。それはまさに、長年の経験によって培われた「適当」なんですね。
最近では、料理をすることで脳を活性化され、認知症予防に有効だとも言われていますね。「必要な素材や器具を揃える」「メニューを考えて買い物に行く」「食材や調理法を考える」「段取りを考え、効率よく調理を進める」「味を整える」「彩りよく盛り付ける」というように、料理には一連の流れを通して頭を働かせるポイントがたくさんあります。包丁を使って食材を切ったり、手や指先を使って包む、こねるといった繊細な作業は脳に多くの刺激を伝えるだけでなく、自分で料理を作ることによって味付けや塩分量を調整できるというメリットもあります。自分の食べるものを自分で調理するということは、さまざまな面で身体と脳の健康のために有効なのだそうです。
現役時代は、学校に勤めていた母です。遅くに疲れて帰ってきても、できるだけ冷凍物を使わず、手際よく料理をしてくださっていたことを思い出します。毎日のことですから、献立を考えるだけでも面倒なはずです。それら多くの手間と愛情に包まれていながらも、それを当たり前に捉えていたことを、自身が手間をかけて料理することによって思い知らされました。
まさに、多くの「お陰さま」によって成り立っているのでした。食材を育ててくださる農家の方々、それを運んでくださる方々、そして調理してくれる家族…。目に見える食材だけでなく、その背景にあるたくさんの人々の働きと、自然の恵みに思いを馳せる時、一口のご飯も一杯のお味噌汁も、より一層有り難く、味わい深いものになります。
相手を想いながら手間をかけることはもちろん、多くの手間の中に込められた想いを受け取ることの大切さを、料理を通して実感することが出来ました。家族からは「美味しかったよ!」と言ってもらってホッとすると共に、(もっと手際よく作れるようになりたいな。もっとレパートリーを増やしてみたいな)と、次なる欲望が湧いているこの頃です。
あなたの思い出に残るカレーライスには、どんな隠し味がありましたか?