終戦80年のお盆に読んだ絵本『かえってきたつりがね』

2025年9月12日

つりがねと聞いて、あなたは、どんな場面を思い浮かべますか?
多くの方が大晦日に撞くお寺の鐘を想像されるでしょう。
かつて日本では、除夜の鐘を撞いて煩悩を払い、清らかな気持ちで新年を迎えようと考える方々が多かったのです。

新型コロナより数年前の12月、広島県の地元紙である中国新聞に「お寺の鐘がうるさい」という記事が載ったことがありました。これは、人々の勤務体系が変化したり、子育て中のお母さんが夜中に鐘の音で赤ちゃんが起きてしまうといった、現代の生活様式が多様化したことから生じる意見です。この記事にショックを受けた私でしたが、背景を知ると一理あるなと感じました。

さあ、源光寺ではどうだろうか。新聞にこのような記事が出るということは、皆さんが潜在的に思っていたことかも知れない。近隣の人たちは源光寺の鐘をどう思っておられるのか、あの記事が出て以来、ずっと気になっていました。12月中旬、1年をふりかえる役員会を開催しました。帰り際に総代さんが「玄猷さん!」と声をかけてくださいました。「ドキッ」としました。もし、この時「お寺の鐘がうるさいです」と言われていたら、それ以来、除夜の鐘撞きは中止していたでしょう。
「玄猷さん、この鐘は大切なんですよ。だから、年1回の大晦日に撞くだけなんて勿体ないです。いつでも撞いてもらってください」
と言ってくださったのです。私は、とてもホッとしたことを今でも覚えています。

それ以来、私の寺では、除夜の鐘だけでなく、お寺の子ども会の子どもたちやご法事に参られた大人の方々にも、参拝記念として鐘を撞いてもらうようにしています。すると、「初めて鐘を撞いた」と喜ぶ方々もいて、この鐘が思い出の一つになり得ると気づかされました。

実は、この鐘は源光寺にとって二代目の鐘です。では、「一代目は?」となりますよね。
総代さんが「この鐘は大切なんですよ」とおっしゃったことと無関係ではありません。
日本人なら誰も避けることは出来ない、およそ80年前の悲しい出来事が関係しているのでした。

第2次世界大戦中の「国家総動員法」によって、多くの金属類が国に供出され、お寺の鐘までもが鉄砲の弾の材料にされたという悲しい歴史があるのでした。源光寺の鐘は帰ってきませんでしたが、広島県・浄土寺さまの鐘は鉄砲の弾にならずに、再びお寺に帰ってきたそうです。この実話が元になって発行された絵本『かえってきたつりがね』児玉辰春/作 長澤 靖/絵 すずき出版 を、この夏の源光寺お盆法座で読みました。お参りになっていた方皆さんが、「初めて聞いた」と述べておられました。

今年は、終戦80年という大きな節目にあたり、戦争への反省と平和構築に対する様々な取り組みがみられます。これらの取り組みを単なる節目で終わらせず、今後も地道に続けていく必要があると思っています。なぜなら、今現在も、世界各地の紛争が止まらないからです。

お寺の鐘が単なる音としてではなく、戦時中の悲しい歴史を乗り越え平和を願う音として聞こえて来た時、私たちの人生はより豊かで、より深く、有り難いものとなるでしょう。

はからずも、昨日は、アメリカ同時多発テロ事件(2001年)の日でもありました。

*絵本のお坊さんの読み語りを聞いてみたい。絵本を通して自分の心と向き合いたいと感じられた方のために、リザストでのオンラインでのセッションをご用意しております。
下のリンクから、「オンライン 僧侶による「あなたのため」の絵本読み語り」をご覧ください。
https://www.reservestock.jp/pc_reserves_v2/courses/43862

投稿者について

福間 玄猷

1971年生まれ。本願寺派布教使・源光寺第14代住職 別名「絵本のお坊さん」 大阪府茨木市出身。平成8年三次市・源光寺へ入寺。《様々な経験を持った人々が集い、信頼できる温かなつながりを育む》そのような交流館を目指して、赤ちゃんからご年配の方まで世代を超えた活動を続けている。寺院や福祉施設はもちろん、各地の学校や保育所、コミュニティーセンター・いきいきサロンなどに招かれ、「いのち・こころ・真実を見つめる」ご法話や講演を重ねている。また、「子育て支援」「アドバンスケア・プランニング」「グリーフケア」を柱にした研修会も好評。子どもたちと富士山登山を3度完遂。グリーフケアアドバイザー1級/発達障害コミュニケーション初級指導者/つどい・さんあい 運営委員

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