今から20年近く前のこと。私が広島県三次市のお寺に入寺して、
まだ3年も満たない冬のある日。長い間、脳梗塞で療養をされていたおじいさんが亡くなられた。
お通夜・お葬儀が終わり、孫にあたる中学生がおじいさんの七日参りに毎週通ってくれる。
その中学生は同居ではなく、ちょうどスープの冷めない距離にある自宅から自転車をこいで駆けつけてくれている。
満中陰まで毎週5回ほどある七日参りで、一緒にお経を唱え、ご法話も。
難しい専門用語を使うことは出来ないし、世間話でお茶を濁すことも出来ない。
中学生が気に入るようなスポーツやゲームの話も、私は出来ない。
多感で思春期真っ最中の中学生に、どんなご法話ができるだろうか。
当時の私にとって、最大の課題だった。
そんなある日、福山での研修会に向かう道中、本屋さんにふと立ち寄った。
入り口から近いところに、その本が平積みされていた。
『葉っぱのフレディ』というタイトル。手にとってぱらぱらとめくり、その中の言葉にびっくりした。
引っこしをするとか ここからいなくなるとかきみは言ってたけれどそれは---」
とフレディは胸がいっぱいになりました。
「死ぬ ということでしょ?」
ダニエルは口をかたくむすんでいます。
「ぼく 死ぬのがこわいよ。」とフレディが言いました。
「そのとおりだね。」とダニエルが答えました。
「まだ経験したことがないことは こわいと思うものだ。
でも考えてごらん。世界は変化をし続けているんだ。
変化しないものは ひとつもないんだよ。春が来て夏になり秋になる。葉っぱは緑から紅葉して散る。
変化するって自然なことなんだ。
きみは 春が夏になるとき こわかったかい?
緑から紅葉するとき こわくなかったろう?
ぼくたちも変化しつづけているんだ。 死ぬというのも 変わることの一つなのだよ。」
こんなにストレートに「死」を言葉にしている絵本は、初めてだった。びっくりした。
木の一生に、人間の生涯を重ね合わせてある。
そして、木のいのちが終わっても、また次のいのちが芽吹いてくるという、
いのちのつながりをしっかりと伝えている。
死=敗北 そして不幸な出来事だととらえられていた当時の風潮に、
大きな示唆と明るさを与える内容だった。
「すごい!こんな絵本が出たのだ」と驚きを持ちながらも、一旦お店を出た。
しかし、車に乗ろうとした私の脳裏に、彼の顔が浮かんだ。
「そうだ、今度の七日参りで読んでみよう!」
中学生の前で初めて読んだ時、私は、言葉に詰まった。胸が震えた。涙がこぼれた。
今でも、その場面を思い出すことが出来る。
私自身、この本を落ち着いて読めるようになるまでには、それから数年かかった。
この土曜日は、13年続いている「源光寺仏教入門講座」だ。
さあ、久しぶりにこの絵本を読んでみることとする。
受講生の皆さまはどんな気づきや感想をお持ちになるだろうか。
■本日の絵本:
『葉っぱのフレディ いのちの旅』 レオ・バスカーリア/作 みらいなな/訳 童話屋/発行
http://www.dowa-ya.co.jp/books/ehon/freddie/freddie.html
■絵本のお坊さん問い合わせ先
名前:福間玄猷(ふくまげんゆう)
住所:広島県三次市西酒屋町甲156 源光寺内
電話:0824-63-5906
メール:gfukuma@agate.plala.or.jp
源光寺ホームページ:http://www.genkouji.com/
Facebook:https://www.facebook.com/gfukuma
絵本のお坊さんブログ:http://genkouji.com/blog/
YouTube動画:NO.1 2019源光寺サマースクールの一コマ
https://www.youtube.com/watch?v=nGl8akzD2gQ&t=48s
■絵本のお坊さんが出来ること。
絵本の読み語り ご希望の場所に出向き、年齢にあわせた読み語りをします。
仏さまのお話(=ご法話の会) ご依頼の場所へ出向き、仏さまの教えをお話しします。
悩み事相談 人生・子育て・孫育て・人間関係・仏事などのご相談をお受けします。
お寺での楽しい行事をご紹介します。-門信徒会・仏教婦人会・お寺の子ども会などで、
新たな出会いと学びが広がります。
お寺でのボランティアをご紹介します。
お墓の相続に関するご相談もお受けします。